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街の逸品バックナンバー

若柳金成の商工業を紹介している『街の逸品』のバックナンバーです。

街ではいろいろな商売があり、商売のなかでいろいろな想いを持って営んでいます。

今回は 若柳地織 織元・千葉孝機業場の代表、千葉孝順さんにお話を伺いました。

2012年6月号・特集「若柳地織」

創業から現在まで

若柳地織 織元・千葉孝機業場は、明治末期に初代により『千葉機業場』として創業されました。

その当時、若柳地区には織物工場が多く、千葉機業場も数件あり地域の人達からは『千葉孝(ちばこう)』さん、『はたや』さんなどと呼ばれ親しまれてきました。

戦後の織物業界は、織機が一回ガチャっとなれば万の金が稼げると言う例えから『ガチャ万時代』と呼ばれ、花形産業の一つとしてピークを向かえます。

しかし、昭和30年代から化学繊維進出、昭和47年~昭和48年のオイルショックにより織物業界は大打撃を受けます。

昭和40年代には宮城県内にあった13軒の木綿織元も現在では1軒だけになってしまいました。

低迷する若柳地織をまた復活させる為にはどうしたらよいのか?考えた結果は従来の考えからの発想の転換でした。

若柳地織の転換期

豊田式鉄製小幅動力織機(Y式)

それまで『若柳地織』の主な製品と言えば農作業などで使ういわゆる『野良着』でした。

しかし、化学繊維の進出や農業技術の発達、時代が進むにつれ昔ながらの『野良着』の需要は減っていきました。

『若柳地織』の持つ夏は通気性が良く汗が乾きやすい、そして冬は保温力に優れ暖かいと言う特性と1915年製の豊田式鉄製小幅動力織機(Y式)が作り出す独特の肌触りと風合いを生かし新たな商品が出来ないかと考えました。

そこで、昭和40年代後半より『実用的な民芸品』をテーマに商品を作り始めることにしました。

若柳地織を売りこむ

実用的な民芸品を作る。いくら新しい商品を作っても待っているだけでは売れないと思い、商品作りと合わせて、当時電車で片道2時間かけて仙台のデパートでの販売を始めました。

今まで製品を作ることを専門としていた為、初めはお客様に『いらっしゃいませ』と言う言葉すら言えませんでした。

販売をしているとお客様の生の声が聞けます。
なかには厳しい声もあり販売をやめようかと考えた事もありましたが、片道2時間の電車の時間は自分の気持ちを整理させ、なぜ売れないのか?と考える時間をあたえてくれました。

ある時、朝のテレビ番組に出演することになり、打ち合わせを済ませ本番を待っているとある大学の教授から『売れないだろ?』と声を掛けられたことを今でも覚えています。

ムッとしましたが、正直に『売れないですね』と答えると、教授は『若柳で売れたければ、まず東京で売れなければダメ。東京で売れたければ世界で売れなければダメ。』という言葉を言われ、若柳で売るのではなく、仙台で売る、他の地方の物産展などに足を運ぶことが間違いではなかったと確信しました。

当時を語る千葉孝順さん

なかなか売る事が難しかった『若柳地織』も昭和60年に宮城県伝統工芸品に認定され、以前より販売しやすくなってきました。今では一番遠いところでは広島まで行き販売してます。

また、シンガポールで販売したこともありました。その時は、赤道近くの国にどの商品を多く持って行くか考えました。

そして持っていった商品は『どんぶく(※)』。

誰もが暑い国にどんぶくなんて売れないからやめた方がいいと言ってきましたが、私は『暑い国にわざわざ暑い国から観光に来るはずがない。寒い国からの観光客が多いはずだから売れる。』と思い販売しました。

結果、一日で完売することが出来ました。

 

※どんぶくとは・・・綿入り半纏のこと

若柳地織の商品

織舟渡し 1,000円

生地を織り、縫製を自社で行っていますので、お客さま一人一人のご要望を聞き、それに応える商品をお作りします。
それが一番満足していただける商品作りと考えています。

若柳町商工会(現在、若柳金成商工会)の事業ひとつで作られたオリジナル商品【織舟渡し(1,000円)】は、川で栄えた街、若柳をイメージした舟型のコースターで、天皇陛下にお買い求め頂いたこともあります。

千葉孝機業場さんを紹介

若柳地織 織元・千葉孝機業場

お店情報

住所栗原市若柳字川北塚ノ越12(Googleマップ)

電話・FAX:0228-32-3087 / 営業時間:9時~18時 / 定休日:不定休

今後について

千葉孝機業場・千葉ご夫妻

100年前の機械をメンテナンスすると言う事は、いろいろな面で大変な部分があります。

例えば、取扱説明書のようなものもなく、その仕組みは18歳の時、父から分解してあった織り機を「組み立てろ」と言われて覚えました。

その時は “門前の小僧” の言葉通りに自然と組み立てることができましたが、今の時代では考えられない事ですね。

また、部品も100年前のものがほとんど残ってなく、現在手に入るものを代用して使っていますが、当時とは鉄の固さが違い、思うように行かない事もあります。

このようにとても手の掛かる機械を動かし続けるのは、豊田式鉄製小幅動力織機(Y式)でしか出せない独特の風合いがあるからです。

これからは、『実用的な民芸品』として約100年間動き続けている豊田式鉄製小幅動力織機(Y式)が作り出す独特の肌触りと風合いを生かし、若柳の地域を表現できる織物を目指したいと思っています。

千葉孝機業場「店内と織機の様子」

「街の逸品」バックナンバー

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